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仙台高等裁判所 昭和30年(ナ)8号 判決 1956年4月02日

原告 佐藤光治

被告 福島県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十年七月二十五日付でした同年四月三十日施行の会津若松市議会議員選挙における原告の当選を無効とする裁決はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は、昭和三十年四月三十日施行の会津若松市議会議員選挙における候補者である。

二、右選挙における議員の定数は三十六名であるが開票の結果、投票総数は四六六三六票で、そのうち有効投票は四六二〇六票、無効投票は四三〇票とせられ、各候補者の得票数は、第三十一位当選人渡部静江六二六・六四票、第三十二位当選人小島久左衛門六〇五票、第三十三位当選人高橋直幸五九〇・七四票、第三十四位当選人木村長一郎五七七票、第三十五位当選人成田延八五七六・四二票、第三十六位即ち最下位当選人原告五六九・九一票、次点磯貝義恵五六九・六八票(右以外は省略する)で同年五月一日その告示がなされた。

三、磯貝義恵は原告の当選の効力に関し市選挙管理委員会に異議の申立をしたが同年五月二十六日棄却され、同月三十一日被告に訴願した結果、同年七月二十五日被告は、右市選挙管理委員会の決定を取り消し、原告の当選を無効とする裁決をなし、同日これを告示し、右裁決書は同日原告に交付された。

被告の右裁決の理由は、前記無効投票中

(1)  「」と記載された投票一票(甲第一号証)

(2)  「磯田義恵」と記載された投票一票(甲第二号証)

(3)  「」と記載された投票一票(甲第三号証)

(4)  「」と記載された投票一票(甲第四号証)とをいずれも有効投票とし、(1)の投票は候補者磯貝義恵と大竹義意とに按分すべきものとし(大竹義意は落選したのであるがこれにより得票数二七八、五四票となつた)、(2)、(3)、(4)は磯貝義恵の得票となし、

(5)  他の無効投票一票を有効として原告の得票となし、

(6)  前記有効投票中、候補者磯貝義恵と大竹義意に按分せられていた「ヨシイ」と記載された投票一票を、按分せずして大竹義意の得票となし、

その結果、最下位当選人である原告の得票数は、五七〇・九一票、次点である磯貝義恵の得票数は五七二・六七票となり、磯貝義恵の得票が原告の得票より多くなるというのである。

四、しかし、右裁決は次の理由により違法である。

(1)  前項の被告が有効投票とした(1)の投票(甲第一号証)

(2)  同            (2)の投票(甲第二号証)

(3)  同            (3)の投票(甲第三号証)

(4)  同            (4)の投票(甲第四号証)はいずれも無効投票である。仮りに(1)の投票が有効としても磯貝義恵と大竹義意に按分すべきでなく、大竹義意の得票とすべきである。

又(2)は磯田政吉(当選第十七位七六〇票)の投票といずれか確認し難いから無効である。

磯貝義恵の得票とせられたものゝうち

(5)  「いそがいよしお」と記載された投票(甲第五号証)

(6)  「イソカイヨシヲ」と記載された投票(甲第六号証)

(7)  「イソカイヨシオ」と記載された投票(甲第七号証)

各一票は、いずれも候補者佐藤喜雄(落選四五四・七三票)に対する投票といずれか確認し難く無効であり

(8)  「磯貝義意」と記載された投票(甲第八号証)

(9)  「磯貝義意」と記載された投票(甲第九号証)

各一票は、候補者大竹義意に対する投票といずれか確認し難く無効であり

(10)  「いそが」と記載された投票一票(甲第十号証)は「磯田」の誤記と認むべきであるから磯貝義恵の得票とすべきでなく、

(11)  「イセガイヨシイ」と記載された投票(甲第十一号証)

(12)  「イソガイヨスイ」と記載された投票(甲第十二号証)

(13)  「いそがい義い」と記載された投票(甲第十三号証)

各一票は、いずれも候補者大竹義意に対する投票といずれか確認し難く無効である。

又候補者矢内三治(第三十位当選六三一票)の得票中

(14)  「三ジ」と記載された投票一票(甲第十四号証)は「ミツジ」と読み得るから原告と按分すべきである。磯貝義恵の得票中

(15)  「」と記載された投票(甲第十五号証の二)一票は、「磯」の字は抹消されてあり又「貝」の字も抹消のうえその傍に「貝」と記載されたことが明かであるから全体として「磯貝」は抹消せられ無効である。

(16)  磯貝義恵の得票中、十八票(甲第十六乃至第三十三号証)は、いずれも同一人の筆蹟で後日何人かによつて記載された疑があるから無効である。

と陳述し、被告代理人の主張に対し、

一、磯田政吉の得票中に(イ)、(ロ)、の各「磯貝義恵」と記載した投票(乙第一、二号証の各二)が二票存在することは認める。しかし、右は筆蹟が同一であつて、白紙投票用紙に何人かゞ記載し、開票後封印された投票用紙収納袋を破り混入したもので無効である。

会津若松市選挙管理委員会で表示した白紙投票用紙四十枚中、福島地方裁判所会津若松支部において実施の証拠保全のための検証の際には、三十七枚しかなく三枚不足していたのである。

二、無効投票中に(ハ)「」と記した投票一票(乙第三号証)の存在することは認めるが、右は字体明瞭を欠き、判読するに「インかリ」とも音読できるので、投票者の意思が、磯貝義恵にあるものと確認できないから無効である。

三、本件選挙に際し、代理投票が五三六票あつたことは争わない。

と述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決を求め答弁として

一、原告の主張事実中、一乃至三の事実及び四のうち、各主張の投票中に(1)乃至(16)記載の各投票の存すること、本件選挙の候補者佐藤喜雄の得票が四五四・七三票で落選したことは認める。

二、原告の主張事実中四の(1)乃至(16)の各投票の効力に関する主張は左の理由によりいずれも理由がない。即ち、

(1)  「」と記載された投票(甲第一号証)は、その幼稚な字体からみて、「シ」と「ス」、「イ」と「エ」の発音の区別のできない選挙人の投票とみるべく、従つて右投票は「ヨシイ」、「ヨシヱ」のいずれを表示しようとしたものか確認できないから候補者磯貝義恵と大竹義意に按分すべきものであつて、これを大竹義意の名である「ヨシイ」と正確に表示した投票と同一視すべきではない。

(2)  「磯田義恵」と記載された投票(甲第二号証)は、「義恵」の字も明確に間違なく記載されていることは、選挙人が「磯貝義恵」と記載しようとして誤つて「貝」を「田」と記載したものとみるべく「磯田政吉」と「磯貝義恵」の混記とみる理由はないから、磯貝義恵の投票として有効である。

(3)  「」と記載された投票(甲第三号証)は「イソガイ」と書いたものと判読できるから磯貝義恵に対する有効投票と解すべきである。

(4)乃至(13)の投票(甲第四乃至十三号証)は、いずれも一部の誤記又は脱字があるが結局磯貝義恵の氏名又は氏を記載したものと認められるから、これを磯貝義恵に対する有効投票と解すべきである。

(14)「三ジ」と記載された投票(甲第十四号証)は「三ジ」と明確に記載されており、矢内三治という候補者の存する以上、矢内三治に対する有効投票と解すべきである。

(15)「」と記載された投票(甲第十五号証の二)は、第一字は明確に「磯」と記載され、第二字の左側は抹消されているが、その右に「貝」と記載されており、全体的にみて「磯貝」と読むことができる。又第二字目の左の抹消部分も何等他事記載とみることはできないから、右投票は磯貝義恵の有効投票と解すべきである。

(16)の十八票(甲第十六乃至第三十三号証)について原告は同一筆跡であると主張するが、本件選挙においては、五三六票の代理投票があつたのであるから、本件投票中にたまたま右のような同一筆跡のものがあつたとしても直に原告主張のように無効なものとみるべきでない。

三、なお、候補者磯田政吉の得票中に

(イ)  「磯貝義恵」と記載された投票一票(乙第一号証の二)

(ロ)  「磯貝義恵」と記載された投票一票(乙第二号証の二)

が混入しており、無効投票中に

(ハ)  「」と記された投票一票(乙第三号証)

が存在するが、これ等の三票は候補者磯貝義恵の氏名又は氏を記載したものと認められるから、同人の得票として算定すべきである。

以上のとおり被告のした裁決にはこれを取り消すべき何等の瑕疵がないから原告の請求は理由がない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

原告主張の一乃至三の事実、原告主張の四の事実中、主張の各投票中に(1)乃至(16)の投票の存在すること及び被告の三の主張事実中、主張の投票中に(イ)、(ロ)、(ハ)の投票の存在すること、本件選挙の候補者佐藤喜雄の得票が四五四、七三票で落選したことは、当事者間に争がない。よつて、右各投票の効力につき順次判断する。

(1)  「」と記載された投票(甲第一号証)の効力

本件投票の写真であること当事者間に争のない甲第一号証によれば、右投票の記載は幼稚であつて文字を書くことになれない者が書いたものと認められるから、第三字目の「」は片仮名の「イ」と書いたものと認めるのを相当とする。而して東北地方においては「シ」の音を訛つて「ス」と発音し文字もまた「ス」と書くことが相当あることは顕著な事実であるから、右投票は候補者大竹義意の名「ヨシイ」を訛つて「ヨスイ」と記したものと認めるのを相当とする。候補者磯貝義恵の名「ヨシヱ」も訛つて「ヨスイ」と発音されることがあるからといつて、「義意」という名の候補者がある以上右両候補者の名が同じ発音で表示されたものとして、右投票を両名に按分すべきものと解することはできない。

(2)  「磯田義恵」と記載した投票(甲第二号証)の効力

右「磯田義恵」の記載は候補者磯貝義恵の氏名と第二字目を異にするのみであつて、而も「田」と「貝」の字は一見類似しており、本件投票の写真であること当事者間に争のない甲第二号証によれば、その筆勢、字配からみても磯貝義恵の誤記と認めるのを相当とし、ことさらに候補者磯田政吉の氏と磯貝義恵の名とを混記したもの又は磯田政吉の名を誤記したものと認めることはできない。

(3)  「」と記載された投票(甲第三号証)の効力

本件投票の写真であること当事者間に争のない甲第三号証によれば、その筆致は幼稚であるから、右投票の第三字目の第二劃は「」とすべきところ運筆を誤り「」とつたものと認められ記載全体としては「イソガイ」と判読されるから、磯貝義恵の投票として有効である。

(4)  「」と記載した投票(甲第四号証)の効力

本件の投票の写真であること当事者間に争のない甲第四号証によれば、右投票の記載は、幼稚な筆跡で而も投票用紙の上下を逆に書かれていることが認められるから、「」の「」は「ヱ」の誤記と認められ、又「」の第一、二字目及び第四字とも二劃からなつている点からして、全体として「イソガイヨシヱ」と記載したものと判読できるから磯貝義恵の投票として有効と解すべきである。

(5)  「いそがいよしお」(甲第五号証)

(6)  「イソカイヨシヲ」(甲第六号証)

(7)  「イソカイヨシオ」(甲第七号証)

と記載された投票の効力。これを通読すればいずれも磯貝義恵の氏が表示せられているから、その名の最後の音「エ」を「お」「ヲ」「オ」と各誤記したものと認めるのを相当とし、候補者佐藤喜雄の名と磯貝義恵の氏とを混記したものと認めることはできないから磯貝義恵の投票として有効である。

(8)  「磯貝義意」(甲第八号証)

(9)  「磯貝義意」(甲第九号証)

と各記載された投票の効力。右投票の記載は、候補者磯貝義恵の氏とその名の第一字を同じくしており、「意」の字は「恵」の字と以ているから、磯貝義恵の誤記と認めるのを相当とし、候補者磯貝義恵の氏と大竹義意の名を混記したものと認めることはできないから、磯貝義恵の投票として有効である。

(10)  「いそが」と記載された投票(甲第十号証)の効力

本件投票の写真であること当事者間に争のない甲第十号証によれば、右投票の「が」の字は明瞭に記載されており、「が」と「だ」の音の相違している点からみても、右投票は「いそだ」の誤記と見るより「いそがい」と記すべきところ第四字目の「い」を脱字したものと認めるのを相当とするから、磯貝義恵の得票とすべきである。

(11)  「イセガイヨシイ」(甲第十一号証)

(12)  「イソガイヨスイ」(甲第十二号証)

(13)  「いそがい義い」(甲第十三号証)

と記載された投票の効力。

(11)の「イセガイ」は「イソガイ」の誤記と認められ、(11)、(12)、(13)とも候補者磯貝義恵の氏が表示せられており、又東北地方においては、「イ」と「エ」、「シ」と「ス」の発音を混同し、誤記することのあることは顕著な事実であるから、「ヨシイ」「ヨスイ」「義い」はその名義恵の名を誤記したものと認めるのを相当とし、候補者大竹義意の名と磯貝義恵の氏を混記したものと認めることはできないから、磯貝義恵の投票として有効である。

(14)  「三ジ」と記載した投票(甲第十四号証)の効力

右投票の記載は原告の名と同じく「ミツジ」と音読できるけれども、本件投票の写真であること当事者間に争のない甲第十四号証によれば、右投票の記載は「ミツジ」と記載したものではなく、明かに「三ジ」と記載され候補者矢内三治の名「三治」と第一字を同じくするから右投票は矢内三治に投票する意思をもつて書かれたものと解すべきであるから、これを「ミツジ」と書いたものと同一視し、原告と按分すべきではない。

(15)  「」と記載した投票(甲第十五号証の二)の効力

本件の投票であること当事者間に争のない甲第十五号証の二によれば「」の字は字体明瞭を欠くけれども「磯」の字を書いたものと判読されこれを抹消した形跡はなく「貝」の字も一度書いたうえ訂正のため塗抹してその右に書直したものであることが認められ、全体として抹消せられたものとみることはできないし、又他事を記載したものとも認めることができないから、右投票は磯貝義恵の投票として有効である。

(16)  乃至(33)の投票(甲第十六乃至第三十三号証)の効力

本件の投票であること当事者間に争のない甲第十六号証乃至第三十三号証によれば、これが全部同一人の筆跡であるとは到底認められないし、右の投票中仮りに同一人の筆跡のものがあるとしても、本件選挙に際し代理投票が五三六票あつたことは当事者間に争のないところであるから、不正投票のあつたことの特段の事情の認められない本件においては、これをもつて右投票を無効とすることはできない。

(イ)、(ロ)の投票(乙第一、二号証の各二)の効力

本件の投票であること当事者間に争のない乙第一、二号証の各二の記載を対照してみるに、これを同一人の筆跡であるとしても、前記のとおり本件選挙において五三六票の代理投票のあつたことは当事者間に争がなく原告の全立証をもつてするも、右投票が白紙投票用紙に何人かが記載し、開票後封印された投票用紙収納袋を破り磯田政吉の投票中に混入したものであることは認められないし、他にこれを無効とすべき特段の事情も認められないから、右投票は磯貝義恵の得票とすべきである。

(ハ)  「イソかイ」と記載した投票(乙第三号証)の効力

本件の投票の写真であること当事者間に争のない乙第三号証によれば、右記載の第一字目と第四字目は片仮名の「イ」第二字目は片仮名の「ソ」第三字目は平仮名の「か」と記したものと判読できるから右投票は磯貝義恵に対する投票として有効と解すべきである。

以上認定のとおりであるから、被告のした裁決中(1)の投票は候補者大竹義意の得票に算入すべきであるから(これにより本件選挙の結果に影響はない。)これを大竹義意と磯貝義恵で按分すべきものとした裁決は失当であるがその他は正当であるから、大竹義意と按分せられた原告の請求原因三の(6)記載の投票を仮りに一票磯貝義恵の得票中から差し引いても、前記(イ)、(ロ)、(ハ)の三票を加えると五七四、六八票となり原告の得票五七〇、九一票より多いことは明かである。そうすると、原告の当選を無効とした被告の裁決は正当であるから、原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 村木達夫 石井義彦 杉本正雄)

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